法師越はその昔、守永土佐守という人とその弟が麦谷の里を開拓したあと、弟のほうがこの土地に移ってきて、開拓に専念したところだそうである。さて、時代はくだって江戸時代の後半のことになる。あるお坊さんがやはり峠を越えて、宗閑寺の御本尊を拝みにこの地にやってきた。そのついでに「せっかく来たんじゃから、何かこの土地のためになることをせんにゃあいけん」と思いたった。「愚僧にできることで、この土地のためになることと言うたら、はて、何があるじゃろうかしらん」
お坊さんというのは、お百姓や人足や鍛冶屋などにくらべると、あんまり力仕事にむいていない人が多い。その代わり、ひととおりの学問は身につけているし、人の前で話をするのもじょうずだ。そこで思いついたのは、寺子屋をひらくことだった。