掛の渕の河童
(かけのぶちのかっぱ)

 長門峡の中ほどに、広滑(ひろなめり)という景色のよいところがあります。
ある日そこへ、漁師がやってきました。その日は不漁で魚が一匹も釣れません。
「弁当でも食って気分を変えよう」と腰をおろしました。

 漁師は広滑の岩にすわって弁当を食べ始めました。
弁当を食べながらふと気がつくと、一匹のクモが漁師の足に糸を巻き付けています。
「おかしいな?」
そうおもった漁師はクモの糸を近くの古木にひっかけました。

 ところがそのしゅんかん、古木はザブンと渕に引き込まれたのです。
と同時に、川の中から「アッハッハッ」と大きな笑い声をあげながら、河童が現れました。
漁師はとてもおどろいて、声もでません。
「もし、あのとき、クモの糸を足からはずさなければ・・・・」
漁師のすわった岩の下は深い渕になっていたので、渕に引きずり込まれたらおぼれてしまいます。
漁師はあわてふためいてその場を逃げました。

「河童がクモに化けて人を引きずり込もうとするそうな、じゃから、あそこの渕は気いつけた方がええぞ!」

 

この話は人から人へ伝わって、渕はいつしか「掛の渕」と呼ばれるようになったのです。